top of page
検索

『七つのわたしへ(2024年版)』(池端規恵子 監督)インタビュー&感想

  • 5月1日
  • 読了時間: 6分


Axi(s)Rhythm:

作品制作の経緯についてお聞かせください。


池端:

ここ数年、映像作品を作るときに、自分が小さい頃に母に撮ってもらった映像や、自分が娘を撮っている映像を材料にして、文字通り、母と娘に協力してもらいながら作品を作っています。

今回の作品は、子どもがちょうど7歳になったので、それを主軸にしています。やっぱり7歳って少しメモリアルな年齢かなと思っていて、七五三もありますし、何か作れないかなと考えたんですね。七五三には「人間の仲間入り」という意味もあると聞いて、そこを軸に、自分が思っていることを形にできないかと思ったのが最初でした。

もともとは七五三をテーマにしようかな、というところから始まっているんですけど、7歳くらいって、それまで自分の分身のようだった存在が、だんだん自分の意思を持って行く様子――成長の中でそういう変化が見えてきますし、小学校に入ったりして、いよいよ自分が常にそばにいなくても大丈夫になっていく。そういう子どもの様子を見ながら、いろいろ考えることがありました。

それと同時に、自分の故郷に対する気持ちも、どこかで作品にしたいとずっと思っていて。今は東京に住んでいるんですが、東京では子どもの様子以外はほとんど撮影しないんです。東京の方が長く住んでいるんですけど、どうしても「撮りたい」と思うものがなかなか見つからなくて、たぶん自分の場所ではないんでしょうね。

逆に、故郷に帰るとよく撮影をしているんですが、それが何故なのか、自分でもよくわからないまま撮っているところもあって。その故郷への気持ちも、いつか形にしたいと思っていました。

そうした「子どもの成長」と「故郷への思い」という2つから、いろいろ考えてみたことを形にしてみようと思い、この作品を作りました。


参加者A:

「自分自身を探す旅」という、ありきたりかもしれないんですが、そういう言葉を挙げさせていただきます。

池端さんのフィルムは以前にも拝見していて、かなり幻想的な作りをされている印象があって、なかなか趣旨をつかむのが難しい部分もあったんですが、今回観ていて、池端さんご自身のことをモノローグ的に表現されているのかなと感じました。

それが、7歳のお嬢さんの姿を通して、ようやく「自分」というものをつかもうとしている、というか。

僕自身もそうなんですが、若い頃はいろいろ一生懸命やっていても、結局よくわからないまま過ぎていって、仕事も辞めたりしながら、いろんなことを経て、今この年齢になってようやく腰を据えてアニメーションを作れるようになった、という感覚があります。

そういう人生の旅路みたいなものが、この作品の中にも表現されているような気がしました。

少し生意気な言い方かもしれませんが、池端さんもご自身のことを少しずつ見つめ直されているのかな、という雰囲気を感じたので、そういう意味でこの言葉を挙げさせていただきました。

外れているかもしれませんが、あくまで僕が感じたままです。


池端:

本当におっしゃる通りだと思います。子どもが生まれてから、「作品が変わったね」と言われることがすごく増えたんですが、やっぱり自分を捉え直す、というのはまさにその通りだと感じています。

初めて自分を客観視できる機会をもらっているような感覚があります。もちろん娘は私とは別の人間なので、ここから先は、そのことをもう少し本腰を入れて向き合っていかなければいけないと思っています。

七五三というのは一つのターニングポイントだと考えていて、それまで、7歳くらいまでは、娘を通して自分を捉え直している、というのは本当にその通りだと思います。


参加者B:

まず、自分が7歳のときに何をしていたかな、ということを単純に思い出しました。

日本の童謡って、『かごめかごめ』もそうですけど、意味以上にどこか恐ろしかったり、謎めいた部分がありますよね。『通りゃんせ』も改めて考えると、「7歳って意味のある年齢なんだな」と感じました。昔は子どもが病気で亡くなることも多かったので、「7歳まで生きれば」というような話も聞いたことがあります。

そういうテーマももちろんあるんですが、それ以上に映像がとても素晴らしいと思いました。印象に残るシーンがいくつもあって、例えば風鈴のシーン。風鈴が逆方向に走っていって、反転して娘さんの中に入っていくところは本当に素晴らしかったです。そのあと、お母さん――妊婦さんのシーンにつながっていく流れも印象的でした。

路面で二人が手をつないでいるシーンも、すごく心に残っています。とにかく画作りが非常に印象的で、テーマ以上に強く残るものがありました。

さらに、『通りゃんせ』というモチーフと、彼女の自叙的なナレーション、そして世代を超えた語りが絡み合っていて、何かとても壮大なものを見ているような感覚になりました。


池端:

作品を作るときは、やっぱり子どもを育てながら撮っているので、どうしても計画的にできない部分があって。あまりテーマもきっちり決めないまま、日々撮り溜めたものを寄せ集めるような形で作っていることが多いんです。

なので、テーマに沿って撮れているとは限らない映像ばかりで、自分でも「どうなのかな」と思いながら作っているところがあります。

だからこそ、映像についてそのように言っていただけるのは本当にありがたくて、うれしいです。


参加者C:

以前、東京映像旅団の上映会で拝見したときに、娘さんの声がとても印象に残っていて、すごく協力的な娘さんがいらっしゃるんだなと感じました。とてもいいなと思いました。

私自身、個人映画や実験映画を観るのが好きなんですが、家族が出演しているというのは個人映画の醍醐味の一つだと感じています。

自分は実験アニメーションをやってきた背景もあって、人を撮るとか、家族にカメラを向けることに少し心理的なハードルがあるんですね。

なので、家族で協力して制作していたり、家族が作品の中に出てくるものを見ると、嬉しい気持ちになりながら観ています。生活や、その人の人生が滲み出ているような作品に出会うと、やっぱり嬉しくなります。

あと、お気に入りのナレーションがあって、娘さんが大人になってからの声で「ビールを流し込みます」と言うところですね。あれは思わず笑ってしまって、とても印象に残っています。


池端:

私も昔は、家族以外の方に出演してもらって撮ってみたいと思ったこともあったんですが、家族にはある程度自由に言えても、他の人にはなかなかそうはいかないんですよね。何テイクもお願いするのも気が引けたりして。

一度、妹に出演してもらったこともあるんですが、妹にもなかなか何度もお願いするのが難しくて。結局、母と娘は比較的言うことを聞いてくれるということに気づいて、今はそこに頼っている部分があります。

もちろん娘には、ギャラという形でご褒美を渡しています(笑)。さすがに無償だと、だんだん付き合ってくれなくなると思うので、そのあたりは半分くらいビジネスというか、女優さんに出演してもらうつもりでやっています。

でも今回こうして褒めていただけたことはとても嬉しいですし、娘にとってもそれが励みになって、次の作品でもきっと協力してくれると思います。娘にも伝えておこうと思います。

〔2025年10月23日(木)オンラインミーティング より〕


【文責:Axi(s)Rhythm】

 
 
 

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。

©2024 Axi(s)Rhythm

bottom of page